日本財団

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代表者プロフィール

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*看護に興味を持ち、30歳を超えて看護学校へ

 私が看護師になったきっかけは、叔母がパーキンソン病になったことです。当時、会社員として働いていましたが、”何か私にできないだろうか”と強く思いました。しかし、叔母と住む地域も離れていたため、何もできませんでした。

 その後も、医療現場に関わりたいという思いは強まるばかりでした。そんな折、デイサービスで勤務するきっかけを得て、介護スタッフとして勤務することになりました。しかし、介護の現場で、利用者の方々の医療面のケアをするには看護の知識や資格が必要だと痛感しました。

そこで、一念発起してか34歳で看護学校を受験し、医療・看護の道を目指すことにしました。

*病棟勤務でのジレンマ

 卒業後は、総合病院に勤務し、当初、回復期のリハビリテーション病棟や脳外科で勤務。回復期病棟では、患者の皆さんが自宅に帰る喜びを知りました。しかし、脳外科病棟では、人生最終章のケアに形式的な看取りになっているのではないかと思い悩むことが多くありました。

 その後、もっと患者さんによりそったケアがしたいとの思いで転院し緩和ケア病棟に勤務しました。しかし、ここでは人生の最後を退院につなげられないということに、後悔を感じることもありました。

*日本財団との出会い

 

 一度自分の思いをリセットするつもりで看護の現場を離れましたが、やはり、”看護の知識を生かしたい、必要な人に適切なケアをしたい”と思いは捨てられず、デイケアサービスの立ち上げに携わることにしました。

その職場で偶然「日本財団の起業家育成事業」を知り、学びはじめました。

 学びを進めるなかで、これまで病院やデイサービスで自分の思いを実現することへのジレンマを超えて理想の看護を実現するには、自分で実行してみるしかないとの思うようになりました。

 まさか、自分が起業なんて想像もしていませんでしたが、思いを共有する先生方や仲間との出会いが私の背中を押してくれました。

*ゼロからのスタート、そして「ともに」に込めた思い

 2018年8月、生まれ育った地域に少しでも恩返しができればとの思いで、「訪問看護ステーションともに」を立ち上げました。なにもかも手探りの状態でゼロからのスタート。

 ステーション名の「ともに」は、利用者の皆様、スタッフ、地域の皆様と、ともに手を携えて、一人一人が望む暮らしを実現したいとの思いで付けました。

 お一人でも多くの方が、住み慣れた地域で最期まで暮らすことができるよう尽力したいと考えています。